在職中は、卒業生がたまに私を訪ねて来た。
「結婚します!」なんて、オメデタイ話かもしれない。
結婚式はどうするのかを、恐る恐る聞いてみる。
式に呼ばれれば、数万円のご祝儀を準備しなければならないからねえ。
でも、転職の相談の確率が高い。
今の会社で如何に辛いかを、訴えてくる。
私は時々合槌を討ちながら、静かに聴き役に徹する。
卒業生が転職しようがしまいが、本来、私には関係ない。
でもね、その人には私以外に相談できる人がいないんだ。
既に社会人なので、家族に相談はしにくい。
変に口を出されるのも、心配をかけるのも、碌な話ではない。
同年代の友人? 自分と同格では頼りない。
もちろん、転職を口にする時点で、会社の同僚や上司との相談で何とかなるレベルを越えている。
そこで社会人の先輩である私を思い出して、訪ねてくる訳だ。
先生である私に話すのだから、筋の通った説明をしようと準備して、自分で考え抜いた末にやってくる。
卒業生の話を一通り聞いてから、私からいくつか質問をする。
「売り言葉に買い言葉の様な、一時の感情的な行き違いではないのかい?」 卒業生は否定する。
「君が選んで今の会社に入ったんだろう? 後々後悔する様な事にはならないかい?」 後悔しない様に頑張ります。
「次の仕事は決まっているのかい?」 もう直ぐ決まります。
「ご家族にはどこまで話している。」 次の勤務先が決まってから伝えます。
私が言うべき言葉は決まっている。
「貴方が後悔しないと思える方向にお進みなさい。そしてそこで頑張って!」
卒業生が聞きたい事を、落ち着いて口にするだけだ。
社会人が日々起こる問題に対処するには、自力でやるべき事は自分でやり、関係者との間では調整を行う。
しかしその枠組みを外れる時には、利害関係のない人の意見が参考になる。
親を頼れない場合が多いので、第三者的な信頼できる「大人」に相談する方が良い。
私は卒業生に対して、時々その役を演じていた。